五大菩薩

五菩薩、五方菩薩ともいう。この五大菩薩の教説はないが、空海の密教的解釈からできたといわれる。密教では仏そのものを「自性輪身」といい、この仏が菩薩となって易しく法を説くことを「正法輪身」、仏に背く者を懲らしめ、烈しい怒りを […]

十二天

十二天は12人の天部。八方位(東:帝釈天、南:焔摩天、西:水天、北:毘沙門天、東南:火天、西南:羅刹天、西北:風天、東北:伊舎那天)二方位(上方:梵天、下方:地天)と日天、月天などで、宇宙を支配する尊をもって構成し、一切 […]

十三仏

十三仏は胎蔵界曼荼羅の十三大院を形どりしたものであるが、後、亡くなった者の七七法事、年忌法事にあてらるようになる。初七日:不動明王、二七日:釈迦如来、三七日:文殊菩薩、四七日:普賢菩薩、五七日:地蔵菩薩、六七日:弥勒菩薩 […]

蓮如上人

名を兼寿(幼名は布袋麿)、号を蓮如または信証院と称し、応永22年京都東山大谷に生まれる。父は本願寺第7代目円兼上人。長禄元年、本願寺第8代となり、各地を行化して周り一宗の復興を図った中興の祖。明治天皇より慧灯大師の諡号を […]

一遍上人

時宗の開祖。延応元年伊予生まれ。父は河野道広、幼名を松寿丸といい、15歳の時母を亡くして剃髪し、名を隋縁とした。当初、天台の学を学んだが、後、筑紫の大宰府に行き 聖達の門に入り念仏の奥義を学び、名を智真と称した。弘長3年 […]

理源大師

832(天長9)~909(延喜9)真言宗小野流の元祖。当山派修験道祖、醍醐寺開祖。光仁天皇の孫。847年、貞観寺真雅の下で出家し、853年、東大寺で具足戒を受け、874年、醍醐寺を開山。如意輪、准胝観音を安置し密教修行の […]

栄西禅師

明菴 栄西(みんなんえいさい・ようさい、諡は千光国師、葉上(ようじょう)房とも称した。永治元年4月20日(1141年5月27日) – 建保3年6月5日(1215年7月2日))は、仏教宗派・日本臨済宗の開祖、建 […]

法然上人

法然上人は美作の国、押領使漆間時国の一子で、幼名を勢至丸といい、九歳の時、父の遺命により出家を志し菩提寺の観覚の弟子となった。のち十五歳の時叡山に登り持宝院の源光をたずね、源光の推薦で、功徳院の皇国阿闍梨の室に入り、天台 […]

龍樹菩薩(龍猛)

龍猛、龍勝ともいう。2世紀中葉~3世紀中葉。南インドのバラモン出身。大乗経典の注釈書(大智度論など)を多くを著し、後の仏教に影響を与え八宗の祖師と仰がれる。密教では南インドの鉄塔を開いて、両部大経を金剛サッタから授けられ […]

役小角(役行者)

舒明天皇の6年に大和国に生まれ、幼くして聡明で、広く典籍を求め、教義に精通し、三宝に帰依した。後、大和の生駒山、紀伊の熊野山で苦行し、30歳の時、葛城山に登り、孔雀明王を安置して修行した結果、神験を現す。文武天皇の2年、 […]

役行者(役小角)

舒明天皇の6年に大和国に生まれ、幼くして聡明で、広く典籍を求め、教義に精通し、三宝に帰依した。後、大和の生駒山、紀伊の熊野山で苦行し、30歳の時、葛城山に登り、孔雀明王を安置して修行した結果、神験を現す。文武天皇の2年、 […]

聖徳太子

聖徳太子は約1400年前,用明天皇の第一皇子として誕生。厩戸の皇子と称される。2歳の2月15日(仏涅槃)に東に向かって「南無仏」と唱5歳の時文筆書法を学び幼少から聡明であった。推古天皇の即位に伴い、21歳で摂政の位につき […]

安倍晴明

921年(延喜21年)に摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれたとされる。幼少の頃については確かな記録がないが、陰陽師賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授されたという。948年(天暦2年)大舎人。960年( […]

親鸞聖人

親鸞聖人は、先祖を藤原鎌足とする日野有範の長男で母は清和天皇の末裔吉光女。聖人は生まれつき端正で2歳で仏に親しみ、4歳で合掌し称名念仏された。幼少にして父母を亡くし、9歳で青蓮院に入り、10歳で比叡山大東院で登壇受戒を受 […]

足利義満

足利 義満(あしかが よしみつ)は室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年 – 1394年)である。父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。封号は日本国王。 南北朝の合一を果たし、有力守護大名の勢力 […]

行基菩薩

天武天皇の白鳳13年15歳で出家し、大和の薬師寺に入り、法相の学を修める。持統天皇の朱雀7年24歳のとき、徳光法師に従い具足戒を受けたが、母没後は諸国を歴訪し大衆の化導につとめ、法相論だけでなく浄土往生、兜率上生等も説い […]