一遍上人

時宗の開祖。延応元年伊予生まれ。父は河野道広、幼名を松寿丸といい、15歳の時母を亡くして剃髪し、名を隋縁とした。当初、天台の学を学んだが、後、筑紫の大宰府に行き 聖達の門に入り念仏の奥義を学び、名を智真と称した。弘長3年父の死に接し、もっぱら伊予の国にて念仏修行をしていたが、文永10年ついに念仏の奥義を悟る。建長2年からは勧進帳念仏札をたずさえ諸国行脚の途に出、16年間60余州を回り勧進帳に名を記した者251,724人といわれる。最期は神戸の観音堂に留まり、法談を開き唱明念仏の中に眠るが如くこの世を去る。滅寂51歳。