一遍上人

時宗の開祖。延応元年伊予生まれ。父は河野道広、幼名を松寿丸といい、15歳の時母を亡くして剃髪し、名を隋縁とした。当初、天台の学を学んだが、後、筑紫の大宰府に行き 聖達の門に入り念仏の奥義を学び、名を智真と称した。弘長3年 …

足利義満

足利 義満(あしかが よしみつ)は室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年 – 1394年)である。父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。封号は日本国王。 南北朝の合一を果たし、有力守護大名の勢力 …

親鸞聖人

親鸞聖人は、先祖を藤原鎌足とする日野有範の長男で母は清和天皇の末裔吉光女。聖人は生まれつき端正で2歳で仏に親しみ、4歳で合掌し称名念仏された。幼少にして父母を亡くし、9歳で青蓮院に入り、10歳で比叡山大東院で登壇受戒を受 …

宮本武蔵

「兵法の理にまかせて、諸芸、諸能の道をなせば、万事において、我に師なし」二天一流の創始者、剣豪・宮本武蔵は武芸のみだけでなく、布袋、達磨、不動明王など多くの仏教にかかわる作品や、「五輪書」を残している。

蓮如上人

名を兼寿(幼名は布袋麿)、号を蓮如または信証院と称し、応永22年京都東山大谷に生まれる。父は本願寺第7代目円兼上人。長禄元年、本願寺第8代となり、各地を行化して周り一宗の復興を図った中興の祖。明治天皇より慧灯大師の諡号を …

聖徳太子

聖徳太子は約1400年前,用明天皇の第一皇子として誕生。厩戸の皇子と称される。2歳の2月15日(仏涅槃)に東に向かって「南無仏」と唱5歳の時文筆書法を学び幼少から聡明であった。推古天皇の即位に伴い、21歳で摂政の位につき …

日隆上人

日隆上人(1384~1464)を派祖とするものは、八品派、本門法華宗、法華宗本門流などと呼称される。1400年代初め四条門流から細川満元の外護を得て独立、本厳寺、本興寺を開いた。八品主義の折伏弘通を行う。

日蓮聖人

安房国東条郷(今の小湊)の生まれ、幼名を善日麿と称し、十二歳の時千光山清澄寺に登り、道善の室に入って密学を修め、のち、剃髪して、名を蓮長と改めた。以来経論を精究し、無量義経に質疑をいだいて、鎌倉に遊学し、比叡山の尊海に会 …

栄西禅師

明菴 栄西(みんなんえいさい・ようさい、諡は千光国師、葉上(ようじょう)房とも称した。永治元年4月20日(1141年5月27日) – 建保3年6月5日(1215年7月2日))は、仏教宗派・日本臨済宗の開祖、建 …

行基菩薩

天武天皇の白鳳13年15歳で出家し、大和の薬師寺に入り、法相の学を修める。持統天皇の朱雀7年24歳のとき、徳光法師に従い具足戒を受けたが、母没後は諸国を歴訪し大衆の化導につとめ、法相論だけでなく浄土往生、兜率上生等も説い …

慈恵大師(良源)

慈恵大師良源上人(912-985)は、第18世天台座主として活躍し、日本天台宗中興の祖といわれる。近江国(滋賀県浅井郡)に生まれ、神童の誉れ高く、12歳で比叡山の理仙上人に師事して得度された。平安時代後期は末法思想が流行 …

弘法大師

弘法大師は、讃岐の国多度津郡屏風ケ浦すなわち今の善通寺に誕生し、諱を空海と呼び、号を遍照金剛と称した。十八歳の時京に上って大学に入り、一般の学問を修めつくし、みずから三教指帰三巻を著わした。二十歳の時剃髪して沙弥戒を受け …

理源大師

832(天長9)~909(延喜9)真言宗小野流の元祖。当山派修験道祖、醍醐寺開祖。光仁天皇の孫。847年、貞観寺真雅の下で出家し、853年、東大寺で具足戒を受け、874年、醍醐寺を開山。如意輪、准胝観音を安置し密教修行の …

興教大師

興教大師は新義真言宗の開祖で、肥前の国藤津郡鹿島に誕生し、諱は覚鑁正覚房といい、のち、密厳尊者と称した。桓武天皇の後胤で、早くより仏門に入ることを志していたが、十歳の時父を失い、無常を感じ、京に上り仁和寺の成就院大僧正寛 …

龍樹菩薩(龍猛)

龍猛、龍勝ともいう。2世紀中葉~3世紀中葉。南インドのバラモン出身。大乗経典の注釈書(大智度論など)を多くを著し、後の仏教に影響を与え八宗の祖師と仰がれる。密教では南インドの鉄塔を開いて、両部大経を金剛サッタから授けられ …

法然上人

法然上人は美作の国、押領使漆間時国の一子で、幼名を勢至丸といい、九歳の時、父の遺命により出家を志し菩提寺の観覚の弟子となった。のち十五歳の時叡山に登り持宝院の源光をたずね、源光の推薦で、功徳院の皇国阿闍梨の室に入り、天台 …

忠宗大神

感謝と感激の心で誠を尽くすこと、すなわち「まること」の精神でもって生きることを教える黒住教の教祖。

善導大師

善導ははじめ明勝法師に投じて出家し、まず法華、維摩を誦して具足戒を受けたが、教門の多種多様であるのは、機によるからであることを感じ、妙開律師とともに大蔵を調べた結果、観無量寿経を手にし、解脱の道を求めた。次いで道綽法師が …