西国三十三ヵ所巡礼仏

大和の長谷寺の道徳上人が重病にかかり(717年頃)、数日間生死をさまよいつづけ、地獄へ遊行し、閻魔大王に会い、観音菩薩の印を授けられ、現世に戻って33箇所の霊験ある観音堂を人々に知らせるように命じられる。息を吹き返した道徳上人の言葉を信じるものはなく、仕方なく中山寺の石棺に入れて遺言したのが初めと言われる。その後、若くして出家した花山天皇が法皇となられ、33所観音霊場を定められたといわれる。33箇所の本尊を彫ったもの。