親鸞聖人

親鸞聖人は、先祖を藤原鎌足とする日野有範の長男で母は清和天皇の末裔吉光女。聖人は生まれつき端正で2歳で仏に親しみ、4歳で合掌し称名念仏された。幼少にして父母を亡くし、9歳で青蓮院に入り、10歳で比叡山大東院で登壇受戒を受ける。もっぱら天台の教義を研鑽し四教義小止観を学び尽くし、続いて密教、法相、三論、漢学を学び25歳のとき少僧都の拝任と共に聖光院門跡となる。  しかし、これまでの修行では得脱することができず、門跡の地位を捨て、当時、専修念仏として知られていた法然上人の門に入って、名を綽空と改めて修行につとめる。31歳のとき、師の命により信者の一人関白兼実の娘、玉日姫を娶り、肉食妻帯の英断を示す。後、35歳のとき法難にあい、法然は讃岐へ聖人は越後へ流される。勅免後は京に戻る予定であったが師の入寂を知り東北行脚の途につき、常陸の国で「教行信証文類」を著わし、元仁元年浄土真宗の一宗を開いた。弘長2年90歳で示寂し、遺骨は大谷霊廟に納められた。