道元禅師

父久我内大臣源通親、母関白太政大臣藤原基房とし、3歳で父、8歳で母を喪い兄通具に養育される。

天資聡明で阿毘達磨倶舎論を読み求道の志強く、13歳で叡山に登り、栄西禅師の禅門に入り奥義をきわめる。
後、海を渡り入宋、天童山景徳寺(現・浙江省)に留まり修行し、帰国。
これから日本に禅寺が出来るようにり、越前の永平寺に移り、修行を続け、「座禅によって、釈迦に帰れ」と唱え理論より実践を重んじ、生涯弟子の養成に努めた。 1253年寂滅。